地上と地下と双子の英雄 第一章 4話
トゲ族の住処だった場所。そこに来た俺達は違和感の正体に唖然とした。通りすがりでは気付かなかったがその場所は大幅に改造されており、人一人住めそうなぐらいの家へと変貌している。
「すっご、ここまで変えたか」
マステラの感心しているような呆れているような声に思わず俺もポカンとして頷く。
「どうする?呼んでみるか?」
「普通に呼ぶんじゃ出てこないよ」
まるで相手のことを知ってる風に言うマステラに目をパチクリとさせる俺を放り、入口らしき場所の前まで来て魔導書を開ける。
「…あったあった。増幅せよ、アンプラフィケイション!」
なにか呪文を唱えたようだが周りに特に変わりはない。首を傾げているとマステラが大きく息を吸いこみ叫んだ。
「高みの見物してないで降りてこい!!!!!」
その声はいつもの大声よりも大きく増幅されており、先程の魔法を使った意味がよく分かった。耳に残るキーンという音に多少眉を顰めながら、叫び終えたマステラの方を見る。マステラは相手が出てくるのを仁王立ちして待っており、このまま出てこなければもう一度叫びそうな勢いだ。案の定もう一度叫ぼうと息を吸い込もうとしたマステラに思わず耳を塞ぐが、第二弾の大声は放たれることは無かった。住処の扉が開いたからである。何かがいる気配はなく、どうやら自動で開いたようだった。
「…入って来いっていうことか?」
「恐らくね」
恐る恐る中を覗き込む俺を残しマステラは中に入っていく。少し前の殺気といい今の急ぎ足といい何か様子がおかしいのは分かるが今の俺には到底分かることでは無かった。考えても仕方ないとマステラを追いかけ走り、追いついた頃には大きな広間のような場所に出ていた。良くもまぁトゲ族の住処を使いここまで大幅に改造出来たものだ。広間の先には人影がありその影はゆらりと揺れるとこちらの方に寄ってくる。
「久しぶりじゃないか、マステラ・グランヴェール」
その人影は、ねちっこい声で俺たちに声をかけると広間の明かりに照らされその姿を現した。白衣姿の青年、先ほどの機械に記されていたDr.リオレナその人だろう。彼は一歩一歩軽快に近付いてくると、マステラの目と鼻の先で止まる。
「いつぶりだ?こうやって顔を合わせるのは」
マステラは不愉快そうに顔を逸らすと、リオレナは嘲笑しマステラから離れる。そしてこちらをチラリと見ると微笑んでみせる。
「初めまして、僕はDr.リオレナ。気軽に呼んでくれたまえ、英雄のマリオ・グランカート君」
「!」
自身のフルネームを当てられた俺は思わずビックリして目をぱちくりとさせる。その様子を見て少し苦笑したリオレナは、またマステラの方に向き直った。
「何処に逃げたのかと思えば、英雄に拾われていたのか。つくづく運のいいモドキだな」
そこまで言われて、マステラは大剣をリオレナに振り下ろす。
が、その刃はリオレナには届かず、いつの間にやらこの場にいた青年の小刀によって止められていた。
「っ…」
マステラはその青年を見て悲しそうに顔を歪ませると、リオレナから離れる。青年は虚ろな目でこちらを見ると、リオレナの前に出て俺らを阻もうとしていた。
「カイン…」
マステラはそう呟くと剣を持つ手を一掃握りしてる。その手は、怒りに震えていた。
「そう、カイン。君と一番仲の良かった子だ。今じゃもうすっかり大きくなって…いい実験体だよ」
リオレナの笑顔で放ったその言葉に、マステラは更に殺気を強める。魔導書もなしに魔法を使うようだ、彼の足元には魔法陣が浮かび上がっている。正直俺は先程からこの話には一切ついていけてなかった。だからこそ、俺は少しマステラの頭を冷やす必要があると考えた。
「マステラ、落ち着け」
その言葉に彼は振り返り歯を噛み締める。俺を睨みつけると怒声を繰り出した。
「どう、落ち着けと。この、状況下で…!!」
「落ち着かなきゃ話が見えねぇ、現に俺は話についていけてねぇし。その状態で戦ってもお前は後悔するだけだ、分かるだろ」
マステラの怒声を遮って俺は言葉を続ける。少し思うところがあったのだろう。マステラは俺の言葉に少し俯くとバツの悪そうな顔をし大きく深呼吸をした。そうして少し経ってからこちらに目線を戻した時には少しはマシな顔に戻っていた。完全には落ち着けないようだが、先程よりはまともに話が出来るだろう。
「ごめん、ちょっと興奮した!」
そう言って謝るマステラの顔は少し清々しかった。なにか吹っ切れたのだろうか。
「マリオ。あの子ね、僕が産まれた少し前からリオレナに実験体として引き取られた孤児なんだ」
マステラは一呼吸置くと、青年について話し始めた。
「今は実験漬けであんなことになってるけど、元は仲がよくってリオレナの事も嫌ってた。分かるよね」
言いたいことは容易に分かった。だがそれは幾らマステラでも安易に出来ることではないことも俺には分かっていた。だが、マステラが決めた事だ。
「リオレナは任せろ、好きにやれ」
俺の言葉にマステラがいい顔で頷く。その顔に、迷いはもうなかった。
-続く-
地上と地下と双子の英雄 第一章 3話
「っと、だいぶ奥まで来たんじゃない?」
「そうだな、もうすぐのはずだ」
スパイダーを蹴散らしながら進むこと約30分。一度来たことがあるおかげか幾分かスムーズに進んでくることが出来た。以前のように仕掛けがあるわけでもなく、変わったことといえばトゲ族の住処の様子に少し違和感を感じたぐらいだ。
「この下だな」
「スターストーンがあるんだっけ?」
「そうそう」
エレベーターのような仕掛けになっているそれに手を掛け起動させると、俺達二人を乗せた床が動き始め下へと降り始めた。最後まで降りた床から降り、スターストーンが祀られているはずの台座がある場所へ行く。中に入ろうとするも、中は真っ暗闇になっており前に進むことを拒まれた。
「え、暗っ!こんな暗いの?!」
「前に来た時はそんなこと無かったんだけどなぁ…てかマジで暗いな…」
目の前の暗さにどうするかと頭を悩ませると、ふいに頭上から呻き声が聞こえてくる。ハッとして顔を上げるとその正体がわかった。
「マステラ…これ、暗いんじゃないぞ」
「奇遇だね、僕もそうかと思い始めたところだよ」
同じく上を向いたマステラが魔導書を構えて少し下がる。
広間は暗いのではなく、大きな影によって暗く見えていただけだった。大きな影の正体は天井から落ちてくると、俺達二人を見据え大きな奇声をあげる。
「こんなでっかいスパイダーが居るとか聞いてないよー!」
「まぁ、スパイダー大量発生は十中八九こいつの仕業だろうな!」
巨大スパイダーは俺達二人を見比べると俺に狙いを定めたらしく、こちらの方を向き大きな糸を吐き出してきた。
「あいつの狙いは俺らしい、叩くのは任せたぜ!」
「OK任せて!!」
マステラは魔法で仕舞われていた大剣を取り出すと巨大スパイダーに向かっていく。巨大スパイダーはそれでも標的を変える気はないらしく、俺に狙いを定めたまま糸を吐いてくる。それを俺は避けながらマステラの様子を見た。どうやら脚のそばまで到着したらしく、大剣を振りかざし八本の内の一本を斬る。すると出ないはずの火花が散り、脚の一本が崩れ落ちた。と、同時にマステラが声を上げる。
「マリオ!こいつ機械だよ!!」
その声に巨大スパイダーの顔を見た俺は、その言葉を把握した。よく見ればこいつの目は赤く光っており、生き物ではないことが容易に分かった。
「一気に叩くぞ!」
「任せて!!」
言葉をあげると同時に巨大スパイダーの内側に潜り脚を蹴り折る。残りの六本も同じように二人で折っていき、とうとう胴体だけになった巨大スパイダーの上に二人で乗った。
「これで、終わり!!」
マステラが心臓部分であるだろう場所を剣で突き刺すと、巨大スパイダーは奇声をあげ同時に気味の悪い機械音と爆発音を鳴らし活動を終えた。もう動かなくなったことが分かると、俺達は胴体の上に座り込み息を吐いた。
「しっかしまぁ…こんなでっかいの、誰が作ったんだろうな?」
「どこかに製造者のマークか名前があるはずだよ。科学者ってのはそういうもんだからね」
俺からの質問に何かを知っている風に答えるマステラを横目に胴体を眺める。すると胴体の端っこの方に何かが書かれているのが見え、もしやと俺は見える場所へと向かう。埃や蜘蛛の糸を払うとその文字が見え、どうやら読める言語で書かれているようだった。
「………Dr.リオレナ?」
その名前を挙げた俺が顔を上げようとした次の瞬間、今まで察した事の無い殺気が胴体の上の方から感じた。驚いて胴体から飛び退き上を見上げると、そこにはマステラしか居なかった。
「マステラ…?」
殺気を放っているのがマステラだと分かった俺は恐る恐る声を掛ける。マステラは一言Dr.リオレナという名前を反復させるも、すぐに俺の声に気付いたのかいつもの柔らかい表情で俺の方に向き直り、胴体から降りてきた。
「ごめん、なんでもない」
いまだに抑えきれていない殺気からして、なんでもないことは容易にわかる。だが、俺はマステラの事を信じて聞かなかった。言いたくないことなら、言わない方がいい。誰だってそういうのは無理にいうことじゃないから。
「全く、迷惑なことをするよね!懲らしめに行こうよ」
簡単に懲らしめに行こうという彼に当てがあるのかと聞くが、どうやら検討が付いていないらしく首を傾げて悩み始める。その様子を見て呆れるも、トゲ族の住処の違和感を思い出した俺はすぐにそれをマステラに伝えた。
「こんな巨大な機械作るぐらいだから、住処を改造して拠点にすることぐらい簡単なんじゃないかな?」
マステラの言葉に俺も頷きもう一度動く床に乗り込んで起動させる。動く床は俺たちを乗せて上へと上昇し、やがてそこには誰も居なくなった。
誰も居ない祭壇のある広間に、機械音が小さく響く。監視カメラの向こう側で、科学者は薄く微笑んだ。
-続く-